ふでまりぶろぐ

50歳オバサンの凡人脳を綴る

「節約」という言葉を乱用して医者に叱られた

こんにちは。ふでまりです。

今回も長いですm(_ _)m

 

子どもの頃は『50歳?想像したくなーい。だって、おばあさんじゃん。』などと、他人事のようにそっぽを向いていました。

そして、ピチピチの20代から30代の頃になると、幼少期よりも受け入れるウェイトが増し『50代って凄い老けてるイメージだったけど、バリバリ働き盛りじゃん。』と思えるようになりました。

更には『ヨボヨボになっても働くわよ!』などと意気揚々の時期も。

でもそれは、心身ともに健康であればのこと。

目が覚めて昨日と同じように過ごせることが、どれほど幸せなことか。

本日は、どうでもいいような、けれどどなたかの参考になりそうな、ふでまりの実体験に触れて綴っていきます。

 

今から2年ほど前、ふでまりは生活が苦しくて、寝る間を惜しんで年中無休で働いていました。職業の詳細は触れませんが、とある県内の端から端まで現場に入っては車を事務所代わりに、次の現場までの準備をしながら移動中を過ごし、一家の稼ぎ頭と化して走り回っていました。フォーマルスーツを身につけ、一日の走行距離150㎞はザラでした。

働けば働いただけ形になり、司令塔である本部の期待も膨らむから、更に頑張ろうとするふでまりがそこにいました。

でも、睡眠の貯蓄はできないんですね。

ある日の昼下がり、現場移動の道中で居眠り単独事故を起こしてしまい、車はぐちゃぐちゃ、ふでまりも全身打撲でたちまち働けない身体になってしまいました。ショック症状で脳が影響を受けたのか、昨日まで現場で使っていた専門用語が思い出せず、他の現場スタッフにうまく引き継ぎができないこともありました。若干記憶喪失気味だったのではないかと今でも思っています。

こうなると、委託業務(受託)の立場は、睡眠の貯蓄どころか身体の保障もなくて、本部との間では無音のまま1年を過ごしました。

リハビリには週一回、今も通っていますが、そうそう完治するものでもないようで、それなりに年齢も重ねるわけですから、なおさら効果が見えにくいと来ます。

しばらくして、リハビリの先生から

「もう一度、レントゲン撮影と検査を受けたほうが良さそうですね。」

と言われ、返事はしたもののそのままにしていました。

それからどれほど経ったのかよく覚えていないのですが、症状が平行線を辿り始めた事や、新規事業の参戦に備え、それでもいまだにヒールが履けない情けなさが、ようやくふでまりの行動につながり、先日、整形外科を受診。レントゲン撮影と後日のMRIまで済ませ、結果、緊急処置を要するような状況ではないと言うことだったのですが、明らかに腰が曲がり始めているとのこと。

『え、そっち?ですか?』

あまりに予想外の角度から言葉が飛んできたため、動揺が隠せませんでした。

恥ずかしいやら情けないやらの心を引きずり、同じ病院内にある婦人科へ向かうわけですが、ここで話は事故前にさかのぼります。

 

今から7年ほど前、ふでまりは“卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ)”という病気にかかり、両卵巣を全摘出しています。決して珍しくはない病気ですが、当時40代前半ですから、頑張ればまだ子どもも産める身体からその可能性を削ぐという選択を、主治医も勧めはしませんでした。

「身体の中で無駄な臓器なんて一つもないんだよ。」

主治医から卵巣を残すリスクと全摘出のリスクの両方の説明を受け、そのうえで自分の意思を通しました。

自分の身体をいたわらないのはふでまりの性分なのでしょう。月に一度押し寄せてくる気絶しそうな生理痛を避けたいがために、術後間もなくやってくる更年期症状の辛さを聴きながら、目先の楽を選択したのですから。

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(↑入院中のふでまりメモ。一文字1㎜ほどの大きさです。久々に見て、つくづく細かいふでまりだと再確認しました)

 

40代前半で体験するその症状は、身体に半分、心に半分、顕著にあらわれました。

退院後は、本来症状が出始めるであろう50代までの約10年、ホルモン治療を覚悟し、通院を始めることになります。

その中で、主治医から特に意識をするように言われたのが“骨密度”です。

只でさえ下がっていく骨密度は、日を浴びながらウォーキングをしたり、例えばチーズやヨーグルト、小魚やサプリメントなど、何らかの形でカルシウムを取り入れないと、 どんどん下降線をたどるとのこと。最悪なケースは、歩行困難を極め車椅子生活を余儀なくされるとまで聴かされ、恐れおののいたふでまりは、術後食事ができるようになってからと言うもの、できることを素直に実行していきました。

その後5年ほど、ヨーグルトと納豆を食べることも習慣化され、気分の浮き沈みや身体の変化とも向き合いながら、ホルモン治療と通院を自分の仕事としてこまめに続けました。

卵巣嚢腫が見つかるまでは、農業女子を満喫していたふでまりですが、当然、身体にメスが入ると力仕事も難しくなり、こともあろうに、『農業楽しそう~』と気持ちの揺らいだ夫が、計画性もなくこのタイミングで脱サラをしてしまいました。

それからは、転がり落ちるように家計が回せなくなり、更年期症状どころではなくなりました。そこで、眠らせていたスキルを活かすべく、通院の時間も惜しんで働くことになったのが事故につながった冒頭の仕事というわけです。

事故さえしていなければ軌道に乗っていたかもしれないのですが、病気も事故も、最後まで言ってしまえばパートナー選びも、すべて自己責任。誰を責めることもできません。取れる策は、出費を極力抑えることだけ。働くことも、まともに歩く事さえできないのですから。

そんな日々を過ごす内、習慣化していた納豆もヨーグルトも、通院はおろかホルモン治療まで勝手にやめてしまいました。

 

そんな経緯をぶら下げて、先日の整形外科検査日、どうせならと久し振りに婦人科にも立ち寄ったのですが、久し振りすぎて即、予定外の婦人科系がん検診諸々、血液検査、骨密度測定を言い渡されます。

 

前述のように、カルシウムお助けオールスターをここまで一気に表舞台から下げているのですから素人でも大概予想はつきますが、骨密度については下がり方が異常だと一喝されました。

通常は減り方がひどい人で年間3%なのに対して、ふでまりはその2倍の6%減。間違いなく骨粗鬆症一直線だと。

「何でこんなことになった?」

と主治医の強めの問いかけに、つい

「節約のつもりで納豆とヨーグルトをやめました。」

と、控えめに答えると

「それは節約とは言わないよ!からだを一番に考えないと!」

仰るとおりでございます。

整形外科では腰が曲がり始めていると言われ、婦人科では骨スカスカと言われ、これって、リハビリの効果が見えにくいことにも、すべて連動しているのではなかろうかと思い始めているふでまりなのです。

結局、ホルモン治療と通院、納豆とヨーグルトも復活し、今一度、真剣にからだと向き合うことになりました。

 

気づけば、幼い頃おばあさんのイメージしかなかった50歳。しかも、若い頃には予想もしていなかったかなりのダメージっぷり。

けれど、

“生きてるだけでまるもうけ”という言葉があるように、今日を迎えることができたらそれだけで幸せなことであり、生きていることに感謝できる50代でいようと思えた本日の記事でございました。

 

皆さま、節約の意味、正しく理解しましょう(^_^;)

本日も長文にお付き合いいただき、ありがとうございます。

次回もぜひ、お立ち寄りください。

 

では、ごきげんよう

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