ふでまりぶろぐ

50歳オバサンの凡人脳を綴る

【ミラームーブメント】異常だなんて言わないで

こんにちは。ふでまりです。

 

「ミラームーブメント」をご存じでしょうか。

別名「先天性鏡像運動症(せんてんせいきょうぞううんどうしょう)」と言います。

からしてみれば、切っても切り離せない身体の動作にこのような「病名」がついていることが、まず驚きでした。

片方の手指を動かすと、もう片方の手指が鏡に映したように無意識に対称的な動きをします。しかも、まったく同じタイミングで。

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例えば、重い手提げバッグを右手で持って歩くと、左手は握りこぶしの形になり、恐らくバッグの重さに耐えうる力量で、グーを保っています。重ければ重いように、軽ければ軽いように、握りしめる力が違うと言うことです。

これはまだ気付かれにくいのです。

傍目に見て分かりやすいのは、今思いつくもので「蛇口の開け閉め」です。

最近のお洒落なシングルハンドルはあまり力が要らないので分かりづらいのですが、そうではなく、割と旧式のひねるタイプを回す時は、笑って指摘されるほど顕著に表れます。それこそ鏡に映しているように、実際に蛇口をひねっている方向とは逆方向の動きでうにゃうにゃしています。

エア蛇口(^^)?

もう一つ、分かりやすいものを今目の前で確認できました。

頭が痒くてポリポリすると、もう片方の手指は空気をポリポリします。

どこが痒いのでしょう(^^;)

ちょっと余談ですが、その昔、夫とまだラブラブ(死語かしら)だった頃、50のオバサンでもデートで腕につかまって歩ける甘い時代があったんです。組むのは照れくさがっていたので強引に腕をつかまえた状態です。

頭痛持ちの私は肩が凝るので無意識にもう片方の手で自分の肩をもみほぐしはじめたのです。すると、夫の腕をつかまえている方の手指に同じような力が入ってしまい、「はぁ?なんやそれ」と新生物か何かを見るような反応をされ、以来、いまだにからかわれています。とうに熱は冷め切って氷点下ですけれども。

とにかく日常のほぼ全ての動きに伴っているのです。

確かに、母、息子以外の周りの誰一人このような動きをしている人を見かけたことがないので、変だなとは思っていました。

医療機関、あるいは大学や研究所など複数の研究機関が記事を載せていらっしゃいます。論文調の難しい表現のものがほとんどで熟読しようもなかったのですが、私はまさに当事者なので、読めそうな記事はひと通り興味深く確認しました。

素人の記事では誤解を招きかねないので、読解力のない私でも読めた「鏡像運動─脳科学辞典」という記事を貼らせていただきます。

 ↓↓↓

bsd.neuroinf.jp

 

また、こちらの記事ではないのですが、“幼少期はよくあることで通常10才ぐらいまでにはこの症状はなくなり、10才を過ぎても症状が続くのは「異常」「病的」”と説明している記事も拝見しました。

私は記事を投稿する際、服用中の薬の事も含め医療に関する内容は、触れたくても載せないようにしています。たとえアクセス数が一桁でも、間違いがあっては大変ですので。

それなのになぜ、今回の記事でがっつりレアな疾患の内容を素人ながら投稿するのかをお伝えします。

50年生きてきて、私自身この症状を疎ましく思うことはあっても、ひとつの特徴であり「病的」とか「異常」といった認識はありませんでした。

また、2012年1月(私が40才の頃)に「ザ・世界仰天ニュース!」の中でまったく同じ症状が出るアメリカの一族を紹介していて、取材のためにわざわざ日本からアメリカまで飛ぶほど珍しいものなのかと、不思議で仕方ありませんでした。

これについては、海外の事例を取り上げることでよりスペシャル感も出ますし、番組的な意図も含まれるのかも知れませんが、この時はテレビの前で、

「そんな遠くまで行かんでも、ここにおるけど。」

などと鼻で笑いながら、母と私の息子と私3人並んで視ていた事をよく覚えています。

しかし、テレビの中で「疾患」として紹介されたかどうかまでは記憶が定かではありません。ただ、特異体質なのねぐらいの感覚で「異常」「病的」「病気」などの文字は想像としても浮かびませんでした。

ちなみに、この症状は遺伝なので前述のアメリカ人一族同様、親族に遺伝して現れます。ふでまり親族間は3人です。

要は、この言葉を見かけていささかショックを受けているのです。

もちろんそれらは、医学的に説明をする上での表現、言葉の選択であり、そこに感情や偏見など入らないと信じたいのですが、なんだか不良品のレッテルを貼られたみたいで悲しいです。

まあ、そのように捉えること自体が偏見なのかも知れませんが。

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どうしてこのタイミングで「ミラームーブメント」に関する記事に対し言及するのかというと、昨日の夕飯後、息子がフッと吐いたひと言がきっかけでした。

「母さん、これって難病らしいよ。」

と。

実際には、難病であるという説明はどの記事でも確認することができなかったので、息子の間違った解釈だと思いますが、それも間違いかも知れません。

(注。このような素人の記事が一人歩きすると危険ですので、昨日の会話の事実のみをお伝えしています。)

主語も何も付かなくても、息子が何を言わんとしているのか直ぐにわかりました。

そして、私の馬鹿な受け答えです。

「届け出たら何かもらえるんかなぁ。」

息子との会話では、受け狙いで受け答えをすることが多々ありますが、流石にこの発言には失笑し、その後なぜか底ウケし始め、しばらく腹を抱えて笑っていました。

あまりにもお子ちゃま感覚の、でも正直な気持ちが複雑に絡んで言葉として返ってきて、頭の悪い母親に呆れておかしかったのでしょう。

些細な日常の一コマがきっかけで、素人目線ながら「当事者」であるふでまりの、言及記事となってしまいました。 

最近ではマスコミ等で「男女差別」の発言が叩かれたり、事あるごとに政治家の発言撤回を求めたり、執拗に言葉を拾うきらいがあるなぁと他人事のように眺めていましたが、当事者になって初めて覚える心の痛みがあることも事実です。

昔勤めていた知的障害者施設で当時の施設長が良く仰っていたことが思い出されます。

「なんで世の中は、仲間(利用者)のみんなを“障害者“と呼ぶんかのぅ。せめて“障がいのある人”と表現して欲しいんよのぅ。」

実はこの方、当時はカリスマ施設長と呼ばれていて、全国各地で講演していらっしゃいました。その後、徐々に“障がいのある人”という言葉を耳にするようになりました。

まだ若かった私は、そこまでこだわらなくても、と言う気持ちを心の内にしまいこむようにしていたのですが、よく聴いてみると、その切なる思いは仲間の一人の言葉が地盤にあったのです。

中で一緒に仕事をしていると、当事者目線を全く無視して過ごしていることが本当に多い事に気付かされます。仕方ないのです。当事者ではないから気付きようもないのです。だからこそ、わがままと捉えられがちな彼らの素直な気持ちや勇気あるひと言を丁寧に抽出しなければならず、その思いに答えていかなければならないと思うのです。

ミラームーブメントも同じです。

専門用語であれ論文であれ、やはり「異常」という表現には心が反応してしまいました。知らなきゃそれで済んだのかも知れませんが、触れずにはいられませんでした。

とは言え、私たちの生活の目に見えない所で、たくさんの研究が進められ、医療が施され、ヒトが生きやすくなっているのだとも思いますから、抗議などお門違いだとも承知しています。

それどころか、ある研究機関ではおサルさん、また別の研究機関ではネズミさん、とヒトのカラダの研究のたびに大切な命が犠牲になっていることを思うと、そちらの方が心が痛むのです。

私たちヒトのために、本当にありがとうございます。

誰に、何に、どれだけ伝わるか伝わらないかは知り得ませんが、日常の事実と私個人の心の内を記事にさせていただきました。

滑稽な手の動きと向き合いながら、心の鏡は磨き続けていきたいです。

 

お読みいただきありがとうございます。

次回のお越しもお待ちしております。

では、ごきげんよう

 

 

 

 

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