ふでまりぶろぐ

50歳オバサンの凡人脳を綴る

【硯と墨】墨汁を買わないという選択

こんにちは。ふでまりです。

 

書道の提出物に追われています。

書道って心を落ち着けて取り組むもの、と言うイメージが強かったのですが、習い始めて感じるのは、結構忙しいということです。

趣味として楽しむとか、プロの域で活躍していらっしゃるかたは別の話になってくると思いますが、駆け出しの生徒としては、月2回やってくる提出物を期限日までに間に合わせるのがやっとです。

月によっては期限日の直前に土日が挟まっていたりして、失礼ながら速達扱いで郵送することも少なくありません。

そんな状況にも関わらず、ある時から墨汁を持たない書道生活を送り始めました。

実は、習い始めるまでも趣味のように写経とか創作(今思えば、なんちゃって創作でした)書道とかしていて、ひと通りの書道道具は常に目に留まる場所にありました。

その中に当然墨汁もあったのですが、言うまでもなくボトルタイプのすぐ使えるものです。

習い始める時、改めて教室で用意されている硯と墨をそろえたのですが、それまで本格的に墨など下ろしたこともなく、そのセットが視界に入りながらも億劫だなぁ、と箱を開けることを避けてきました。

そうやって半年ぐらいまでは使いかけの墨汁に頼っていたのですが、いよいよボトルが軽くなり、遂には逆さまにしても一滴も落ちて来なくなりました。

注文しようと思い、教室に送る提出物のファイルに「墨汁注文します」の付箋紙を貼り付けてみたのですが、ここで、思いとどまったのです。

硯と墨っていつ使うの?

師範になれたら?いやいや絶対違うよね、と。

そう思っている自分が居るとしたら、それは使いたくないがための言い訳だよね、と。

しかも、その考え方は完全に間違っていて、硯を使って墨を下ろす感覚は生徒の段階で嫌と言うほど練習しておかないと、例え師範レベルに上達したとしても、それは書道を分かっていることにはならないでしょうからね。

そんなことを考え、一度は貼り付けた付箋紙を剥がしゴミ箱へポイ。

即、硯と墨を箱から出し、この時初めてご対面となったわけです。

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“墨は病人か幼娘に摩らせるとよい”とか“墨は墨の重さで摩る”とか言われたほど、力を入れずに摩ることが望ましいのですが、頭では分かっていても力が入ってしまうんです!期限日がよぎると余計に焦る自分がいて、誰に何を押し付けられているわけでもないのに一人がアワアワしています。はた目には分かりませんが、こういうのって半紙の文字にすべて出てくるんですよね。

そもそも、墨を摩ることの意味や役割の一つに、その時間の中で心を整えていくということがあるのですが、私の場合、ここで既に勿体ない使い方・動作をしているということです。

それでもここ最近は、濃い墨を作れるようになりました。良い墨はまだまだ作れませんが、とろみを出せるようになってちょっと気分が上がっています。

下手くそなので、どうしても余計な力が入り腕が疲れます。そうするとどうしても薄い状態で摩るのをやめてしまうことが多くて、おまけに、疲れきったプルプル震える手で筆なんか持つのですから、良い文字が書けるはずもないことは想像できますよね(笑)。

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先生方は当然、提出物を一目見て雑な墨の摩りかたに気付いていらっしゃると思います。それも含め書道の練習だと信じ、今後も硯と墨で師範を目指します。

あまり自分に縛りを設けると苦しくなるので、墨汁解禁の時期も決めています。

ズバリ、師範のお免状をいただいた時です!

遠いかな?

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

次回のお越しもお待ちしています。

では、ごきげんよう

 

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