ふでまりぶろぐ

50歳オバサンの凡人脳を綴る

空間や時間に依存していると思う話

こんにちは。ふでまりです。

 

難しい話ではありません。

ごく普通の生活に転がっている事実且つ、素人目線の思いです。

以前、ゴールデンウィークは書道三昧!などという記事を書きました。

その記事は、書道をする時間が減ったにも関わらず硯で墨を摩って練習しようとしている自分自身に呆れて、臨機応変に、そして素直になろうよと墨液ボトルをネット注文した内容でした。

ちょうどゴールデンウィークに入った時だったこともあり本当に意気込んでいたのです。

ところが、待てど暮らせど墨液が届かないのです。

配達状況を追跡すると、何日経っても「発送」にすらならず、だんだん気持ちも萎えてきました。

こういう時こそゆったりした気持ちで墨を磨ればいいのに、それはしないんです。

よほど前回の切羽詰まった墨磨りが心に応えたのでしょう。作品の提出期限ギリギリで速達郵便ですから。

つくづく都合が良い私、と思ってしまいます。

結局、4月30日に注文し手元に届いたのは5月7日でした。

休みたいのは私だけではないのに、注文したら翌日届くのが当たり前みたいな感覚が脳に染みついていたようです。反省。

それでも、自宅まで届けてくれる配達業者さんはいるわけで、受取るときは「遅いです」なんて気持ちが吹っ飛んでいました。

働く姿は大好物なので(^^)

一昨日届いたその墨液ボトルを箱から出し、早速筆をとるのかと思いきや、実は硬筆作品すら仕上げておらず、ようやくボールペンを運んだのです。

もう一つ、筆ペン作品も添削を受けていますので、すぐに毛筆作品に取り掛かるということにもなりません。別に順番は無いのですが、何となく毎回、手が慣れていくのがこの順番です。

書き始めるとリズムに乗ることが多いので、予想に反して早く仕上がるのですが、自分の決意と行動を振り返ると、どうもギリギリになるまでエンジンが掛からないタイプのようです。

大概のことは、アクシデントがあると嫌なので早め早めに済ませておくという習慣をつけていますが、性格の底の部分は変わっていないようで、今回は珍しく時間がたっぷりあると脳がインプットしてしまったのでしょう。

仕上がりの経過はこうです。↓↓↓

 一昨日、硬筆作品

 昨日、筆ペン作品

 本日、毛筆漢字(楷書・行書)

 同じく本日、漢字仮名交じり

休暇の後半は、結果としては宣言通りの書道三昧でした。しかし、取り組むときの気持ちが理想的ではありませんでした。

期限まではまだ5日あり、今回は普通郵便で送ることができますが、何だか清々しくないのです。

時間がなければ無いで焦ってあれこれ思うし、余るほどあったら有ったで理由をつけてなかなか作業に入らないし、改めて「時間に依存」しているし甘えている自分がいると思いました。

なかなか進級できない理由が浮き彫りになった瞬間でもあり、毎度ながらお恥ずかしい実態です。

どうやら私は、長期休暇の過ごし方が下手のようです。

だから、実は暇なことが大の苦手でもあります。

では、ところで休暇の前半何していたの?って話ですが、庭の草むしりや家の掃除と言った身体を動かす方のあれこれを優先していました。

書道ばかりでもダメだし、家事一筋の休暇もつまらなくて、無意識に静と動のバランスを保っているようです。

人間らしく過ごせていますでしょうか(笑)

そして、今回「時間に依存」という言葉が頭をよぎったときに、もう一つ同時によぎった光景があるのです。

それは、空間に依存しているという、ある生活場面です。

 

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久しく海を眺めていないので…

(2017年初夏撮影)

山口県萩市「須佐ホルンフェルス」

ここからは夫の動作の話です。※愚痴ではありませんよ(^^)

我が家は借家なのですが、例えば6畳間と言っても京間の6畳なので、田舎では当たり前の広々どっしりとした家ではないのです。

実家も嫁ぎ先もどっしり系の家なのでなおさらそう感じます。

そして、私も小柄体型とはかけ離れた身体ですが、夫も息子も縦に大きく、夫に関しては骨太体型なのでそれだけでも部屋が狭く感じるわけです。

各部屋を移動するとき、息子に関しては、おでこが入り口のドアのふちなどにぶつからないよう前かがみになったりしています。

とは言え、さすがに横幅は入り口に挟まるほど育ってはいないので、充分余裕で移動できるのです。普通に動いていれば壁にぶつかったりもしないはずなのです。

はずなのですが、夫に関して言えばこれが不思議でして…

動くたびに毎回どこかに身体が当たっているのです。なぜかという理由も素人目線ですが確信しています。

それは親分肌の生き様なのだと私は思っています。

そこに空間があればあっただけ使っていますね。

例えば、壁は動かしようがないのでぶつかったらハイ残念!と眺めているしかないのですが、洗濯物を部屋干ししていて、夫が通ると引っかけて下に落とすからといつもより広めにスペースを作っておくと、そのすべてを使って洗濯物を肩に引っかけて、やはり落として通ります。

これ、何なんでしょうね。

思いは言葉にしないと分からない!と、一度だけ「スペースをあったらあっただけ使わないでください」と厳しめに伝えたことがあるのですが、やっぱりその後も同じでした。

これが夫なのだと思うようにしました。

そして、こうも思いました。空間に依存していると。

人は何かにすがって生きているものですが、夫の場合、この「空間」も項目の一部に入っているのだなと。

悪趣味と捉えられてしまうかも知れませんが、家族を観察していると、非難とか不満とか飛び越えて色々な気づきが発見できて面白いのです。

時間に依存している私と、空間に依存している夫を、息子にはぜひ、よ~く観察してもらって今後の人生に活かしてもらいたいものです。

そして、この記事のほんの少しでも、どなたかの参考になっていれば尚嬉しいです。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

明日から通常勤務に戻りますので更新が滞るかとは思いますが、次回のお越しもお待ちしています。

では、ごきげんよう

 

 

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